「退院おめでとう。ちゃん」
にこにこと私の目の前で笑っているのは母ではない。
叔母である。
母さんの妹にあたる人だけどこの人はまったくあの人とは違うタイプの人間だ。
ふ、と病室を振り返る。
あぁ、あの人の退院はまだまだか。
幸村精市。
どうも彼があれから気になってしょうがない。
「ちゃん。今日は金曜だしうちに泊まっていかない?
雅治も喜ぶと思うし」
「う〜ん・・・じゃあ、一個だけお願いしてもいいですか?」
優しい叔母に、少し我侭を言った。
その花束を貴方に
「・・・・・・」
マサ兄は扉の前で呆然と立ち尽くした。
自慢の従兄。
仁王雅治、とは彼のことである。
彼もテニス部に属しており、同い年の兄貴とはとても仲がいい。
昔から二人で遊んでは悪戯をする。(悪巧み、と言ってもいいのかもしれない)
「久しぶり、マサ兄」
「・・・か・・・?」
「ん」
「お前・・・こないだまで髪染めとったじゃろ?」
マサ兄が呆けるのもしかたないか。
今は黒いのだから。
「叔母さんに染めてもらったの。
ど?似合う?」
「ああ似合う似合う」
ああ!気持ちがこもってないな!
相変わらずだな、マサ兄は。
「いきなりどうしたんじゃ?」
「んー?黒に戻すのもいいかなって」
ニカっと言ったような効果音を付けるように笑ってみせた。
マサ兄はやれやれ。とため息をついた。
そして二階に上がろうとするマサ兄を呼び止めた。
「あー・・・。マサ兄、ちょっと待って」
「なんじゃ?」
「”テニス部の部長”の病室・・・教えてくれない?」
「・・・悠に聞けばいいじゃろ」
「えーっ。兄貴絶対からかうもん!」
マサ兄は、ニヤリと笑って言った。
「さて、じゃあ何を賭ける?」
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ドクン、と高鳴る心臓を押さえるように私は彼の病室の前に立った。
どうも手術が近いらしい。
マサ兄は”賭け”で見事に私のDVDを掻っ攫っていった。
それと引き換えにして得た情報だ。
扉は、あけない。
ただ、がんばってほしい。
私は病室の扉へと花束をかけ立てた。
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「花束!!」
ガシャン!
夕食後、皿の片付けをしていると、皿が音を立てて地面に叩きつけられた。
「何やってんの姉ちゃん」
「べ、別にっ!」
振り返るとニヤニヤと笑う兄貴。
視線は私へと向いている。
「が、幸村のことに届いたんだ。
病室の扉に立てかけてあったらしい。
差出人は不明」
「へーっ!!ホラーみてぇ」
弟は嬉しそうに兄貴に詰め寄った。
「それからそれから?」
「幸村はお前じゃないかって言うんだよー」
カラカラ笑いながら兄貴は私を指差す。
コイツ・・・っ!!
絶対分かって言ってやがる・・・!!
「兄ちゃん、その幸村って人、今日手術だったんでしょー!?」
「あぁ」
「嘘ぉ!?今日って関東大会の決勝じゃ・・・」
「被ってたんだよ」
そんな話、聞いてないよ!!
マサ兄だって”手術が近い”ってしか言ってなかったし!!
「無事に成功したよ」
その言葉を聞いた瞬間、全身からふ、と力が抜けたのが分かった。
難しい手術だとは聞いてた。
あぁ、あの人はそんなで悪くいえば”身体の死”と隣合わせだったのか。
そう思うと、なんだか寂しくて。
そして成功したことに嬉しくて。
「姉ちゃん、大丈夫・・・?」
「え?」
弟が心配そうに覗き込んできた。
はっと、して振り返ると
「どうしたの?どこか痛い?」
と聞いてきて。
兄貴もびっくりして目を見開いてるもんだから怪我でもしたのかと思って傷を探すけど
どこにもなくて。
そのとき、手の甲に落ちた雫に気がついた。
暖かい。
身体が生きている。
私の身体も
彼の身体も
生きていてくれてありがとう。